聯合軍捕虜に對する損害賠償





                              辯護士     高池 勝彦





   新聞や雜誌などで報道されてゐるやうに(産經新聞平成十二年一月十三日、『選擇』二月號八十頁)、アメリカの各地で、大東亞戰爭中、聯合軍の捕虜として日本國内で鑛山や工場で勞働に從事した者が、日系企業のアメリカ法人を相手に損害賠償訴訟を提起する例が相次いでゐる。『選擇』の記事では、三井三菱の名前が上つてゐる。一月二十四日現在で十五件、本年中に百件を超すとみられるといふ。たとへば(これは實際にそのやうな訴訟があるといふことではなく分りやすい例として述べる)、日本國内の三菱重工の工場で捕虜として働かされたカリフォルニア在住のアメリカ人が、カリフォルニアにある三菱商事を相手に訴訟を起こしたのである。
   この動きの中心はカリフォルニア州であると思はれるので、同州の法律を見てみる。同州の民事訴訟法典の三五四・五條は、ホロコースト犧牲者について、三五四・六條は、第二次世界大戰奴隸勞働犧牲者及び第二次世界大戰強制勞働犧牲者について定めてゐる。
   三五四・五條は、平成十年(一九九八年)追加されたもので、時效などの他の法令の規定があつたとしても、二〇一〇年十二月三十一日までにホロコースト犧牲者やその相續人が訴訟を提起した場合、時效を原因としてその請求を棄却してはならないとしたのである。ホロコースト犧牲者とは、一九一九年から一九四五年にかけて、ナチドイツ、その同盟者、およびその同情者によつて迫害された者である。
   この立法によつて、カリフォルニアでドイツの建設會社に對して裁判が起された。また、この法律に基いてではないが、ニュージャージー州ニューアークの聯邦裁判所に同樣の訴訟が、フォルクスワーゲン、BMW、シーメンスといつたドイツ企業、GMやフォードといつた戰前當時ドイツに子會社を持つてゐた企業に對して裁判が起されたとのことである(一九九九年三月六日ロスアンゼルスタイムズ)。
   このやうなホロコースト犧牲者のための特別立法を受けて、民事訴訟法典の三五四・六條が制定された。
   その條文は、冒頭述べたやうに、第二次世界大戰奴隸勞働犧牲者及び第二次世界大戰強制勞働犧牲者について定めてゐる。第二次世界大戰奴隸勞働犧牲者とは、一九一九年から一九四五年にかけて、ナチ體制、その同盟者、およびその同情者、又はそれらの支配地域において營業してゐた企業によつて、強制收容所やゲットーなどから賃金なしに働かされた者であり、第二次世界大戰強制勞働犧牲者とは、一九一九年から一九四五年にかけて、ナチ體制、その同盟者、およびその同情者によつて征服された民間住民や捕虜で、ナチ體制、その同盟者、およびその同情者、又はそれらの支配地域において營業してゐた企業によつて、賃金なしに働かされた者であると定義してゐる。
   これに關聯する訴訟は、時效などの他の法令の規定があつたとしても、二〇一〇年十二月三十一日までに訴訟が提起された場合は、時效を原因としてその請求を棄却してはならないとしてゐる。
   奴隸勞働及び強制勞働犧牲者については、賃金の現在價値に換算して補償すべきであるなどの規定がある。
   注目すべきことは、奴隸勞働及び強制勞働犧牲者だけではなく、その相續人が、その勞働がなされた企業又はその承繼人に對して補償を求めることができるとされてゐること、またそのやうな訴訟が提起された場合には、州の裁判所が事件解決まで管轄權を有すると規定してゐることである。
   この規定は、昨年二月二十六日、民事訴訟法典の修正(追加)案として、カリフォルニア州の上院に、ヘイデン (Hayden) 上院議員ロッド・パチェコ (Rod Pacheco) 下院議員により提出された。共同提案者の一人に、ホンダ下院議員がゐる。このホンダ氏は、昨年八月カリフォルニア州議會で決議された(下院二十三日、上院二十四日)いはゆる南京事件や從軍慰安婦などを理由とする、日本に對する謝罪賠償要求決議の提案者である日系議員である(産經新聞平成十一年八月二十七日)。
   上下院で何囘か修正され(五月二十日上院、七月十二日下院、七月十五日下院)上下院において七月十五日可決された。七月二十七日知事により承認され、翌日發效した。これを見るとこの法律制定直後日本非難決議の審議が行はれたことになる。
   この法律の提案理由を見ると、現行法では、書面によらない契約や合意による請求は二年の、暴行、毆打、監禁、又は過失により人を死亡させた場合の損害賠償は一年の時效となつてゐるが、それを過去にさかのぼつて一九一九年から一九四五年の行爲について二〇一〇年十二月三十一日まで時效期間を延長するといふものである。また、管轄についても、現行法では州又は聯邦の憲法の規定と矛盾してゐない場合に管轄權を有するのであるが、本件の場合、州裁判所は事件が解決するまでは必ず管轄權を有すると定めたのであるとしてゐる。
   條文そのものを見ても、また提案理由や私が手にした限りの制定過程の議論の要約を見ても、一九九八年の立法は、ホロコーストそのものについての補償、一九九九年の立法はそれに伴つた勞働についての補償であり、ナチス關聯の立法であるやうにみえる。しかし、實際には、前述の謝罪賠償要求決議にみられるやうに日本企業が標的になつてゐるのである。
   このやうな立法に對しては、多くの疑問が生ずる。
   1、そもそも數十年前に時效により、消滅した權利を立法によつて復活させることが認められるであらうか。
   2、終戰によつて生じた權利義務關係の處理はすべて講和條約や平和條約の締結によつて終了してゐるのではないか。
   3、カリフォルニア州の日系企業は、日本の親會社と別法人ではないか。別の人格に對する要求には根據が必要ではないか。冒頭の例では、日本國内の三菱重工とカリフォルニア法人である三菱商事US(そのやう法人があるかどうか知らないが、たとへである)とはグループ會社であるかもしれないが、別會社であらう。これに關聯していくら法律で管轄件ありと規定したとしてもカリフォルニアの裁判所に管轄を認めることができるであらうか。
   4、假にその會社が捕虜を使用したとしても、それは政府の命令であり、その責任は政府にあるのではないか。


   1について。刑事事件であれば、明らかに事後法であり、近代法の原則に反する。東京裁判がこの惡例の代表であることはよく知られてゐる。しかし、本件は民事の時效期間の問題であるから許されるであらうか。この點は、カリフォルニア州議會も氣にしたと見えて、立法理由では、聯邦最高裁判決を引い (Chase Securities Corp. v. Donaldson (1945) 325 U.S. 304) 辯解してゐる。最高裁のいふには、時效期間は、論理的な問題であるといふよりも、立證の必要性あるいは便宜性によるものである。原則の問題といふよりも迅速性の問題である。時效消滅によつて受ける利益を基本的權利と考へてはならない。その定めは、立法件の裁量に委ねられてゐる。そこで、カリフォルニア議會は、時效によつて一旦消滅した權利でも立法によつて復活させることができると考へたのである。
   私は、實務辯護士として、我が國の時效制度が極めて嚴格に解釋されてをり、ときとして當事者に不公平感を抱かせる場合があることを認める。そして、時效制度の趣旨は、アメリカ聯邦最高裁のいふとほりである。そこでアメリカでは時效が完成について我が國よりもゆるやかに解釋してゐるのかもしれない。しかし、それは短期間の話で、カリフォルニア州の法律が前述のとほり、一年又は二年の時效であるとしたら、それから、五十五年經過して、突然消滅した權利を復活させるといふのは正氣の沙汰とは思はれない。
   アメリカは、自由と民主主義の國であり、手續と結果の公平を尊重する國であるといふ神話がある。私もアメリカで生活したことがあり、アメリカにはそのやうな面があることは認めるが、他面アメリカには狂信的になる面がある。禁酒法がよく例として上げられる。私は、このカリフォルニア立法もこの一つであると思ふ。
   2について、條約は國家間の問題であるから、本件のやうな個人間の問題では戰爭處理については未解決であるといふ意見がある。これは從軍慰安婦などの戰後處理について、左翼の人達から主張されてゐることであり、暴論である。この點は、ナチスによるユダヤ人その他の民族に對するホロコーストと我が國の戰爭捕虜の處理に關する問題とはまつたく異る問題であるといふ側面もある。ナチスドイツはユダヤ人と戰爭してゐたわけではないのである。我が國と比較できるのは、ドイツの聯合國の捕虜に對する處遇であるが、ドイツは我が國のやうに聯合國と講和條約を締結してゐないのである。我が國はロシアを除いてすべて國と講和條約を締結して戰後處理を終了してゐるのである。
   3および4については紙面の關係でふれない。


   一見ナチスドイツ問題の處理と見られるこの法律が、日本企業をも標的にしてゐることはその後の經過を見れば明らかである。カリフォルニア議會の日本に對する謝罪賠償要求決議や現實の日本企業に對する提訴、昨年十二月に東京で行はれた「戰爭犯罪と戰後補償を考へる國際市民フォーラム」にホンダ議員等多數のアメリカ人が參加し、日本企業に對する責任を追及すると述べてゐるからである。
   われわれは、大東亞戰爭や我が國の歴史の歩みについて、政府が安易に謝罪することは將來に禍根を殘すことになると早くから警告してきた。このやうな歴史評價について、政府關係者の責任は重いが、經濟界は政府を批判することも少なく、比較的無關心であつたやうに見える。しかし、經濟界についても毅然とした對應をしなければそのつけがまはつてくることを十分理解する必要がある。
   本件については、原則に立ちかへつて妥協を許さず鬪ふべきである。そもそもこのやうな問題の種をまいたのは政府であるから、今度こそ政府も同樣な主張をすべきである。このカリフォルニアの訴訟問題について、該當する日本企業に對して、外務省があまり騷がないやうにと申入れたといふうはさを聞いたが、それが單なるうはさであることを希望してゐる。






(本文は『正論』平成十二年四月號掲載論文「戰時賠償請求に毅然とした對應を」の元原稿である。筆者紹介は以下のとほり。 「昭和十七年(一九四二年)長野縣生れ。昭和四十一年早稻田大學法學部卒業。四十三年同大學院法學研究科修士課程終了。四十七年司法試驗合格。五十年辯護士登録、赤松國際法律事務所で活動をスタート。五十三年から五十五年まで米スタンフォード大學ロースクールに學ぶ。五十七年高池法律事務所を設立。共著に『労働組合と政治活動』(民主社会主義研究会)、『日本国憲法を考える』(学陽書房)など。」)