最近の歴史觀をめぐる判決について(五)



辯護士  高池 勝彦    




  前囘は、中國人被害者損害賠償事件の東京地裁判決の、法的判斷とそれに伴ふ歴史的事實の評價の問題點を述べた。引き續き、この判決の法的判斷に含まれる歴史的事實の評價の問題點を述べる。


(3)國際私法に基く個人の權利


  原告等は、國家間の外交交渉による賠償問題と併存して、國際私法に基いて戰爭被害を受けた個人が加害國家に對して直接損害賠償を求めることができると主張する。判決は、當然のことながら「個人に対する損害賠償を外国が裁判によって是認したという事例はほぼ皆無であると同時に、被害を受けた個人の所属する国の私法上の不法行為に該当するからといって外国が右個人に対する損害賠償を裁判によって認めたという事例もほぼ皆無である」といつて原告等の請求を認めない。
  しかし、隨所に幼稚な議論と誤つた歴史認識を示してゐる。
  判決は、戰爭が「法」とは關係なく過去から現在まで絶え間なく發生し、その經過も原因も千差萬別である、戰爭當時はもちろん「現時点において回顧的に分析してすら、正義がどちらかにあったのか、ほとんど判定し難い」といひながら、「もとより日中戦争は我が国による侵略行為にほかならない」と斷定してゐる。その反面、戰爭は、いろいろ正當化されたとしても、「あるべき人類普遍の道徳からすれば正当化できるようなものはほとんどなく、それぞれの時点における国際的力学のみによって当面の正当化が支えられているか、あるいは支えられているに過ぎないというのが、今後の世界の平和を考えるに際して最も現実的で、公平かつ安全に適う見方というべきであろう」など、幼稚な議論を展開してゐる。
  「あるべき人類普遍の道徳」とは何かを示さないで、戰後のすべての戰爭が「それぞれの時点における国際的力学のみによって当面の正当化が支えられているか、あるいは支えられているに過ぎない」など、日中戰爭は侵略であるといふ獨善的な價値判斷をしてゐる判決が、突然單純な現實主義的なこれまた獨斷を述べてゐる。
  さらに我が國の中國に對する侵略による、原告等と同樣あるいはそれ以上の被害を受けた者は二千萬人以上であると決めつけ、原告等のいふ十五年戰爭の被害者は數千萬人以上であると推測されるとしてゐる。これまた獨斷といふしかない。ここでいふ被害者とは何であらうか。一應戰爭による死者かとも思はれるが、「原告らと同様に」といふことであれば原告等の中には李秀英のやうに生存してゐる者もゐるから死者ではない、といつて、死者を除外するものではもちろんないであらう。さうすると戰爭によつて何らかの被害を受けた數千萬の者といふことになるが、これで被害の甚大さを示すことになるのであらうか。
  判決は、このやうに、我が國は、中國に對して迷惑をかけたとしても、中華民國民法の規定する不法行爲に基く損害賠償請求權を認めるやうな國際法はないとし、それでも、「我が国が中国国民に及ぼした被害が甚大であることから敢えて付言するに、問題は、……侵略行為による大量かつ深刻甚大な被害につき、それがその国の私法上の不法行為に該当するからといって、個々の被害者が直接外国に対してその国の裁判所に損害賠償訴訟を提起して個別の賠償を求め得る権利を有するということが、人類普遍の道徳に適う唯一の方途であり、そうでなければ国際法的正義と信義則に反するといえるかどうか」を論じてゐる。
  結論は別として、言葉づかひも稚拙であるし、問題のたてかたも少し妥當でないし、以下に述べる論理もをかしい。
  我が國が帝國主義政策をとつたのは、やむを得ない事情があつた、また、結果的にアジア諸國の獨立等を助長したといふ面もある、としながら、すぐに、「もとより、当裁判所は、そのような事情をもって我が国のアジア諸国に対する侵略行為を正当化しようとするものではなく」と付け加へる。
  一方、原告等が主張するやうな個人の權利を認めれば、國家間では、日中共同聲明以來友好關係を維持すべく多大の努力をなされ、その效果もあらはれてゐるのに、五十年以上も前の戰爭に起因する被害について、雙方の裁判所に、無數の裁判が繋屬するのは異樣であり、明らかに國際的友誼と平和に適ふものではない、そんなことを認めれば兩國民間の憎惡と不信を反覆増進させるだけであるとして、次のやうにいふ。


  そのように一見正義であるかのような、しかし現実には明らかに異様な事態は、昭和二〇年の敗戦に至るまでの間国益と国民の保護を防衛するためと称して我が国が朝鮮半島、満州、中国に進出し、ついにはあからさまな侵略行為、侵略戦争にまで及んだのと同じような事態を、相互に再度招来しかねない危険性を残すことにほかならないのではないかと強く疑わざるを得ない。


  また、二十世紀において、軍事行動を起す國は、いづれも何らかの正義や大義を標榜してゐるのに、我が國はそのやうな大義さへ標榜できなかつたとして次のやうにいふ。


  日中戦争については、……我が国は「暴支膺懲」などという、我が国の戦国時代のような、およそ近代国家のすることとは考えられないような「大義」しか主張し得なかったのであり、そのようなおよそ我が国にしか通用しない「大義」によって侵略行為を泥沼化し、何千万、あるいは億単位の中国国民に戦争被害を及ぼしたのであって、それによって中国国民の我が国に対する容易に解消し難い悪感情が残り続けることを恐れざるを得ないところである。


  ここでは我が國から受けた戰爭被害者は億單位に擴大されてゐる。もつとも我が國にも中國に進出せざるを得なかつた當時の國際的事情があつたし、「数年間にせよ一時的に欧米を排除したことが、後日のアジア諸国の独立等を助長したという面もないわけではない」といひながら、またも次のやうにいふ。


  それによって我が国が中国やアジア諸国を侵略したことを中国国民やアジアの人々に向かって正当化することは許されず、我が国の右のような侵略行為が結局当該紛争当事国及びその国民との間に払拭し得ないような憎悪、不信を生じさせて敗戦に至ったことは、今後なお我が国としては肝に銘じるべきであろう。


(4)戰後補償


  ただ、本件判決は、前にも事實摘示のところでも述べたが、いはゆる戰後補償の問題について、まはりくどく、後に述べるやうな問題點はあるが、おほむね次のやうな妥當な判斷をしてゐる。


  原告らは、我が国の戦後賠償等が、例えばドイツの場合と対比して極めて不十分なものであるというのであるが、大きく見て、現時点まで、ドイツは戦争行為について他国に対する賠償はしておらず、国内的解決としてナチスの犯罪的行為に由来して主としてユダヤ人に対する個人補償をしているものである。一方、我が国は、ナチスのような特定の民族、種族の大々的な殲滅行為(ホロコースト)を企図したことはないので、ドイツの場合のような趣旨での個人補償の問題は国内問題としてはほとんどないのである(もとより、我が国においても、思想統制、危険分子と見なされた者に対する残虐な弾圧という問題はあるのであるが、それもまた著しく正義に反するものであるにせよ、民主主義を標榜する国家においてすら、戦時にあっては大なり小なり一般的にされていたことであり、現時点においてすら、民主主義を標榜しながら、当該国家の国益や独善的な価値に反する思想や行為は許容しないという国家や社会体制や国民の「通念」が存在することは、周知のところというべきである。誤解を避けるため繰り返すが、右は、当裁判所の認識するところを述べているにとどまり、それをもって我が国における敗戦までの思想弾圧を擁護しようとするものでは全くない。)。しかし、我が国においては、前記の侵略戦争、侵略行為、種々の戦争犯罪によってアジア諸国に対して甚大な戦争被害を及ぼしたことから、当該国家(略)に対して賠償するという形で賠償問題を解決しようとしているものである。いわゆる「戦後補償」の問題に関しては、それぞれの国家の歴史と戦争の相手方とその被害態様を対比しなければ、どちらが正しいとか、合理的なものであるとか容易に断定できないものというべきである。この点については、もとより、当裁判所が判断すべきものではないが、我が国が採用している右のような解決方法は、少なくとも、従前の国際法上の戦争行為に関する賠償問題の解決方法としては通常のものであり、それ自体としては不当なものとはいえない。


  問題點としては、今まで述べてきたところと同じであるが、我が國の戰爭が侵略戰爭であると決めつけてゐること、戰後處理は侵略戰爭を起したからではなく、我が國が戰爭に負けたから負はされたものであることを見落してゐること、戰後補償の問題は判決がいふやうに、「それぞれの国家の歴史と戦争の相手方とその被害態様を対比しなければ、どちらが正しいとか、合理的なものであるとか容易に断定できないもの」といふやうなものではないこと、が問題である。さらに例によつて、「当裁判所が判断すべきものではない」といふのであれば、判斷すべきではない。
  戰後補償の問題は、ドイツのやうに國家が潰滅した場合と、我が國のやうに整然と降伏した場合とで異る。我が國のやうな降伏は通常の降伏であり、停戰協定と講和條約があり、講和條約において戰後補償またはその方法や方向が定められてゐるのである。何が合理的とか、正しいといふやうな理論的なものではない。
  以上みてきたやうに、判決は事實の判斷で述べたことを何囘も繰り返し、しかもすべての文章が冗長である。「危険性を残すにほかならない」といへばよいのに、「危険性を残すにほかならないのではないかと強く疑わざるを得ない」といつたたぐひである。
  最後に、それらの缺點を凝縮したやうな末尾の部分を引用しておきたい。


  最後に、いうまでもないが、戦争や、平和や、戦争被害についての賠償問題については各人ごとの自由な見方が可能であり、もとより当裁判所の前記のような見方が唯一真正な見方であるとは毛頭考えていないものであり、およそ一司法機関が右のような大きな主題につき判断したことが格別の意味を有することもあり得ないはずであると考えているものである。……今後のより妥当な解決を図るに際しての一素材を提示するほかないとの考えから(それが、たとえ全く役に立たないとしても、あるいは、有害無益と酷評されようとも)、当裁判所が限られた知見と能力の範囲で敢えて右に言及することとしたにすぎないものである。したがって、当裁判所は、以上に関わるいかなる歴史も、国家も、民族も、イデオロギーも宗教も、歴史観も、何ら格別に非難する意図がないものであることと、一定の場合に戦争が許されるとか、勝敗やいかなる犠牲にもかかわらず戦争しなければならない場合があるなどという、ある種の戦争美化論に与する意図も全くないものであることを強調しておきたい。


  これまた、韜晦に韜晦を重ねたやうなである。
  その判斷に、格別の意味を有することもあり得ないはずであると考へてゐるといひながら、今後の問題の解決に一素材を提供したいとして、自分の判斷に意味を持たせやうとしてゐるのである。
  いかなる歴史觀をも非難するつもりはないといひながら、支那事變に關して、何囘も口をきはめて我が國の中國侵略である、辯解の餘地がないと非難してきたではないか。
  以上引用の多い、「戰後最惡の判決」批判となつたが、冒頭(七月號)で述べたやうに、これは左翼的な判決ではない。いはば、我が國はアジア諸國を侵略した、その結果、アジア諸國から憎まれて永久に謝罪の氣持を持ち續けなければならないといふ、日本國憲法史觀に基いた判決である。普通いはれてゐる東京裁判史觀である。
  これが誤りであることは本誌の讀者には自明であるが、日本非難の急先鋒である韓國や中國からも注目すべき意見が出はじめてゐる。本誌八月號でとりあげられてゐる金完燮『親日派のための弁明』がその代表的なものである。中國の日本に對する憎惡について、本件判決は、我が國の侵略によるものであると決めつけてゐるが、中國人である石平『中国の愛国攘夷の病理』ではさうではないといふ(注)。現代の中國人の偏狹な愛國心が日本のみならず周邊諸國に對して憎惡尊大さを示すのであるといふ。
  判決の歴史敍述や判斷は引用を讀んだだけでもいかにもこつけいで、まとはづれである。この判決を讀んでつくづく感じることは、判決では歴史判斷はできないし、してはならないといふことである。


  以上が、中國人被害者損害賠償事件についての私の感想である。この事件は、七月號で述べたやうに、東京高裁において繋屬中であり、十二月十九日結審のやうである。私が代理人をしてゐる別の李秀英裁判は、東京高裁において、十二月五日、第一囘口頭辯論が開かれ、控訴審がはじまる。
  次囘からは本件判決と類似した同じ傾向の判決を紹介することにしたい。




小学館文庫平成十四年六月一日發行、七十六頁參照。また、同じ著者の『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP)參照。




(本文は『月曜評論』誌平成十四年十一月號掲載論文の元原稿です。掲載時のシリーズ名は「戰後最惡の判決」。十一月號第五囘の主題は「“南京問題”を通して知る裁判官の歴史認識」でした。)